ある物語を例に相続対策について考えてみようと思います。
物語:献身的な介護の末に起こった相続争い
数年前、ある家族の父親が亡くなりました。父親の名義だった自宅は母が相続し、それから母はその家で兄夫婦と一緒に暮らし始めました。兄夫婦は幼い子供たちもいて、賑やかに毎日を過ごしていました。妹は結婚して嫁ぎ先に住んでいて、家族が集まるのはお正月や母の誕生日くらいになっていましたが、それでもみんなの間に深い絆がありました。
母はもともと元気な人でしたが、晩年は病気がちになり、だんだんと介護が必要になっていきました。そんな母を支えたのは、兄の嫁である香織さんでした。香織さんは、まるで実の母親のように母を献身的に世話してくれました。毎日の食事を工夫し、母が安心して暮らせるようにと寝室に手すりをつけたり、お風呂に入れるのも手伝ってくれたり。私も妹も仕事で忙しかったので、香織さんの存在は本当にありがたかったのです。
母もそのことを深く理解しており、いつも香織さんに感謝の言葉を伝えていました。時には「あなたのおかげで安心して暮らせるわ」と、涙ぐむこともあったそうです。香織さんも「お母さん、私も家族ですから」と笑って、母の手を握り返していたそうです。
そんな日々が続き、ついに母も旅立ちました。悲しみは深かったけれど、母が最後まで家族に囲まれて穏やかな時間を過ごせたことが、ご家族にとっての救いでした。しかし、母の死後には避けられない相続の話がありました。
いよいよ相続の話し合いが始まりました。ところが、母は遺言書を残していなかったため、法定相続に基づく形で話し合いを進めざるを得なくなりました。
母の財産の中心は、兄夫婦が同居していた自宅と少しの預貯金です。母が生前に「家は兄と香織さんに任せたい」と話していたこともあり、兄もそれが当然だと思っていました。しかし、妹が相続の話し合いで「法定相続分通りに分けてほしい」と主張し始めたのです。
妹の主張は、法に基づいた正当な権利を求めるものであり、母の財産を兄と妹で2分の1ずつに分割する形を望んでいるものでした。彼女は、「私も母の娘としての権利がある。やっぱり公平に分けるべきだと思う」と、法定相続分に基づいた分割を強く求めました。
一方、兄は動揺を隠せませんでした。母の介護を献身的に行ってくれたのは、兄の妻である香織さんです。母もそれを深く感謝していたことから、兄は「母の気持ちを尊重し、香織さんがこの家に住み続けるためにも、自宅はそのまま兄夫婦が相続するべきだ」と考えていたのです。しかし、遺言書がないため、妹の主張を無視することはできません。
話し合いが進むにつれ、兄は「香織が長年母の介護をしてくれたんだ。その貢献をどう考えるんだ?」と感情的になり始めました。妹も負けずに、「嫁いでるんだから、しょうがないでしょ!私だって出来る範囲で面倒見たわよ!それに、ちゃんと法律があるんだから、権利としての分け方を尊重して!」と主張し、話は平行線をたどりました。
最終的に、ご家族は専門家である弁護士に相談することにしました。弁護士からは、「遺言書がない場合、法定相続分に基づいて分割するのが原則です。もし特定の人に多くの財産を渡すのであれば、事前に遺言書を作成しておくことが重要です」と説明を受けました。結局、自宅を売却することになり、妹にはその相続分に相当する金額を現金で支払うことで合意しました。しかし、この分割方法を巡る話し合いは簡単にはまとまらず、家族間に大きな溝を残す結果となってしまいました。
母が遺した財産がきっかけで家族が対立することになるとは、誰も想像していなかったでしょう。遺言書がなかったことで、母の想いがしっかりと反映されず、家族の絆が試される事態となってしまいました。この出来事を通して、相続の準備が家族にとってどれほど大切か、そしてどれだけの影響を及ぼすのか感じていただけたかと思います。
【どういった対策が考えられるか?】
まずは遺言書の活用です
例えば「自宅不動産は兄に相続させる。」といったような内容で遺言執行者も兄であれば登記の手続きもスムーズに行えます。そして、付言事項に日頃の献身的な介護への感謝の言葉、亡くなった後も兄妹仲良く、と記していれば、少し妹さんの心境にも変化があったかもしれません。
ただし、遺言書を残す場合は注意しなければいけないことがあります。それは妹さんの遺留分(最低限保証される相続分)です。その対策も事前に検討していれば、また違う結果になっていたかもしれません。
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